東京高等裁判所 昭和50年(ネ)33号 判決 1976年5月13日
控訴人 真壁修次
右訴訟代理人弁護士 菅原裕
同 山田直大
同 山岸憲司
被控訴人 島村モト
右訴訟代理人弁護士 楠武治郎
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示(更正決定により更正を経たもの)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
1 借地法四条一項の更新請求により更新が認められるためには、建物の存在を絶対的必要要件と解すべきではない。賃貸人の妨害等によって土地利用の自由が妨げられたため更新請求に値する程度の建物を存置させることができなかった場合には、賃貸人が更新請求権の成立を妨げたものとみて更新請求を認めることが信義公平にかなうが、それのみにとどまらず、賃借人の責に帰すべからざる事由により借地上の建物が滅失し、期間満了時までに建物を建築することができなかった場合にも、賃借人保護の精神から更新請求を認めるべきである。
2 控訴人は、本件土地上に二棟の建物を所有していたが、従来からこれを改築する希望を持っており、被控訴人にもそのことを話して了解を得ていた。そして、昭和四五年ころ、本件土地が区画整理の対象地になったのを機会に、一棟の建物を移築し他の一棟を取り壊したうえ空いた土地に新家屋を建築する計画をたて、これを実行に移した。被控訴人は、このような計画の説明をきいて承諾し、右の取り壊しや移築についても何ら異議を述べなかった。ところが、昭和四八年五月ころ、子供の火遊びという控訴人の責に帰すべからざる事由により、移築した建物が焼失してしまった。控訴人は、その後も建物を新築すべく手続を進めたが、建築確認申請等のためには地主である被控訴人の承諾書を必要とすることから、右手続は進行しなかった。
かくするうち、被控訴人は、賃貸期間の満了をまたずに土地明渡しの調停を申立て、代替土地の提供も立退料の提供もなしに一方的に明渡しを求め、期間満了直後の昭和四八年一二月一九日の調停期日において控訴人がした更新請求も拒否したので、調停が不成立となり本訴提起という事態に至った。
3 このように、控訴人は被控訴人の了解のもとに本件土地上の建物の改築を計画し、その実行に着手していたもので、それゆえにこそ一棟を移築し一棟を取り壊したのである。したがって、取り壊した建物はその後も存続していたものと考えてよいし、移築した一棟の焼失は控訴人の責に帰すべからざる事由によるものであるから、その不利益を控訴人にのみ負わせることは許されない。
しかるに、被控訴人は、右焼失に乗じて前記のように賃貸期間の満了を前にして明渡しの調停を申立て、建築についての承諾書の作成交体を拒み、その妨害行為によって賃貸期間満了時に賃借地上に建物が存在しないという事態が生じたのであるから、被控訴人は控訴人の更新請求権の成立を妨げたものというべきであり、したがって、控訴人がした前記更新請求は信義公平の見地からその効力を生じたものとみるべきである。
(被控訴人の主張)
控訴人の主張を争う。仮に控訴人がその主張する調停期日において更新請求をしたとしても、被控訴人は更新を拒絶しており、しかもそのことについては正当事由がある。
(証拠関係)≪省略≫
(訂正等)≪省略≫
理由
一、被控訴人の先代臼井弘が本件土地を所有し大正一三年一一月控訴人先代真壁義雄に対し木造建物所有を目的としてこれを賃貸し、昭和二八年に賃貸借の期間を昭和四八年一〇月一二日までと改めたこと、その後右真壁義雄が死亡したため控訴人において賃借人の地位を相続により承継したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件土地の所有権及び賃貸人たる地位は、被控訴人がその主張のとおりの経緯で相続により承継したことが認められる。
二、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
控訴人は、本件土地上に二棟の建物を所有して他に賃貸していたが、昭和三九年ころからこれを改築することを考え、その旨を被控訴人にも話していた。そして、昭和四五年ころ、本件土地が区画整理の対象地となり、換地が行われることとなったのを機会に右計画を実行に移すことになり、換地の問題で平塚市役所に同道した際、被控訴人に対して承諾を求めたところ、後で正式に話合うことになったが、一応その内諾を得た。そこで、控訴人は借家人に対して立退きを求める交渉に入り、区画整理により道路に予定されるに至った土地部分に建っていた一棟は昭和四六年に立退きが実現したので直ちにこれを取り壊したが、他の一棟は借家人が立退きに応じないためそのままの状態で仮換地上に移築することにし、そのとおり実施した。右の移築に要する費用は平塚市から支払われた。これらの取り壊しや移築は被控訴人との正式な話合いがなされないまま行われたが、被控訴人からは何らの異議もなかった。ところが、昭和四八年五月ころ、移築した建物が子供の火遊びが原因で焼失し、本件土地上に建物が存在しない状態となるや、被控訴人は、焼失の翌々日、控訴人に対して建築の禁止を通告するとともに本件土地の明渡しを申入れるに至った。そのため、控訴人としては建築確認申請等に必要な地主の承諾書が得られなくなり、建築計画の進行が滞るうち、賃貸借期間の満了まで四ヶ月余を残した昭和四八年六月一一日、被控訴人から土地明渡しの調停が申立てられ、話合いが続けられたが合意には達せず、結局、賃貸借期間満了後の昭和四九年三月二五日、調停が不調となって本件訴訟が提起されるに至った。
以上のとおり認めることができ、この認定に反する証拠はない。
三、右認定の事実によって考えるに、控訴人は、本件土地が区画整理の対象地となったのを機会に、かねてから計画していた建物の改築を行うことになったもので、それまで存在していた建物の取り壊し及び移築も、区画整理に対応する必要に迫られなしたものというべく、決してこれと無関係になされたものではない。とくに取り壊した建物は、その敷地が道路予定地とされており、早晩移築もしくは取り壊しが避けられない状態にあったのであるから、右の取り壊しをもって賃貸借期間の更新に関する規定の適用上建物が存在しない場合と同視することは正当でない。のみならず、賃貸借期間の満了前に借地上の建物が存在しなくなった場合でも、それが朽廃によるものでない限り、賃貸借契約は残存期間そのまま存続し賃借人の土地利用権は何らの影響をも受けないというのが現行法の建前である(借地法二条一項)。したがって、本件の場合、控訴人としては当然に建物を再築することができたのであって、特別の約定があったことも認められない以上、再築につき被控訴人の承諾を得ることは必要でなく、被控訴人としても再築を禁止したり土地の明渡しを求めることは許されなかった筈である。被控訴人としては、再築に対して遅滞なく異議を述べることにより、旧建物の朽廃すべかりしときに賃貸借契約が終了することを主張し、または、賃貸借期間の更新に対する異議の正当事由を基礎づける資料とすることができたにすぎない(最高裁判所昭和四二年九月二一日判決・民集二一巻七号一八五二頁、最高裁判所昭和四七年二月二二日判決・民集二六巻一号一〇一頁参照)。
しかるに、被控訴人は、移築した建物が焼失するや、賃貸借期間の満了前であるにもかかわらず、再築の禁止を通告するとともに土地明渡しを申入れ、さらに土地明渡しの調停を申立て、控訴人の再築に対する協力を拒否したものであって、かかる被控訴人の行為は、賃貸人としての義務に反するばかりでなく、積極的に控訴人の賃借権を争い再築を妨害したとみざるをえないものである。
したがって、取り壊しにかかる建物については区画整理の必要があったのであるから賃貸借期間の更新に関する規定の適用上建物が存在しない場合と同視すべきでないことは前述のとおりであるが、さらに右のような事情があるため、被控訴人としては、賃貸借の期間満了時に建物が存在せず本件土地が更地のまま放置されていることを自己に有利に主張することは許されず、控訴人としては、信義公平の見地から被控訴人に対して賃貸借期間の更新を請求しうる権利があるものと解するのが相当である。そうでなく、このような場合、控訴人は被控訴人に対して更新請求をすることができず、ただ債務不履行を理由とする損害賠償を請求しうるだけであると解することは、控訴人と被控訴人間の公平並びに地主の反対を無視して借地人が建築を一方的に強行した場合と比較して保護の権衡を欠くものというべきである。
四、控訴人が被控訴人からなされた本件土地の明渡し要求に応じないため、調停の申立がなされ、さらに本件訴訟の提起に至ったことは前述のとおりであって、控訴人のこのような明渡しの要求に対する拒絶自体のうちに更新請求が含まれているものとみるべく、これに対し、被控訴人は、調停及び本件訴訟を通して賃貸借期間満了後における明渡しの要求を維持しているのであるから、これによって控訴人の更新請求に対して遅滞なく異議を述べたものとみるのが相当である。
ところで、被控訴人は、右の異議には正当事由があると主張する。そして、≪証拠省略≫によれば、その事由というのは、被控訴人の肩書住所地には夫名義の家屋があるが、敷地が借地でありその期間が満了したため本件土地に移り住む必要があるというものであることが認められる。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、控訴人は、従来は本件土地上の建物を他に賃貸していたが、再築後は控訴人の息子夫婦と控訴人が経営する会社の運転手の住居用として使用する予定でいたことが認められるうえ、地上に建物がある場合には正当事由がない限り貸主において賃貸借期間の更新を拒みえないことは被控訴人の夫が賃借している土地に関しても同様であるから、単に賃貸借の期間が満了して明渡しを要求されているというだけでは、本件土地使用の必要性、現実性の程度も明らかとはいえないので、いまだ本件の更新請求に対する異議の正当事由とはなりえないものというべきである。ほかに右事由を認めるに足る証拠はない。
五、このようにみてくると、本件では、控訴人がした更新請求は有効であって賃貸借期間の更新の効果が生じたことになるから、控訴人には本件土地及びその仮換地を占有すべき権原があることになり(もっとも、本件では更新後の賃借権が根拠となるべき建物が現実には存在しないのであるから、更新された賃貸借の期間は旧建物が朽廃すべかりし時期の到来によって終了すると解する余地があるが、かかる時期の到来を明らかにした証拠はない)、賃貸借期間の満了を理由として本件土地の明渡しを求める被控訴人の本訴請求は理由がないことになる。
よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決を失当として取り消し右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)